24時間テレビは偽善(今更言うまでもないが)


24時間テレビに対する批判文です
24時間テレビが好きな人及び募金者等は閲覧をおすすめしません
国際的にも障がい者は「哀れみの対象」ではなく、
「健常者との本質的な違いはない」という理念・考えが主流となってきているのに
未だこの番組は
「障害者は生まれつきこんなに哀れで可哀想な存在なのですよ~
泣けますね~みんなで同情してあげましょう!」

と言っている。

障がい者を障害者たらしめているのは、まさにそういう思い込みや古臭い概念なんだって。

例えば私でも視力が0.1や0.2くらいしかないからメガネをかけなきゃ
ほとんど何も見えず立派な障がい者と言えよう。
これと足に器具つけないと歩けない「障がい者」と何処に本質的な違いがあると言えようか。
メガネを掛けないと物が見えない私は障害者ではなく
足に器具をつけなくてはならない人が障害者と何処で勝手に線を引いているのか。

このように障がい者を障害者たらしめているのは、思い込みや先入観。
実の所、障がい者と健常者で本質的な違いは存在せず

障がい者が社会で生き辛いことがあれば、それは社会の責任であり
障がい者個人の障害に責任は無い。


障がい者は哀れみの対象ではなく、むしろ我々と同等な存在。
そしてそんな我々と同等の障がい者を憐れみの存在にしているのなら
それは紛れもなく社会設備の不十分が原因。

その社会設備の不十分という根本的な原因を隠ぺいする意味でも
「障害者は哀れな存在で、障害をもって生まれたのが悪い」とする
障がい者に責任を押しつける考えは都合がいいのかもしれない。
それにこの考えは障害者を憐れむことで悦に入られ思考が停止するから
尚タチが悪い



このように一昔前の「障害者概念」を2015年現在尚全面に出し
チャリティー活動とやらをしている24時間テレビが偽善でない訳が無い。
その募金が何に役に立っているかではなく、
もう最初から間違った理念の下に活動しているのだから

例えその募金が障がい者に役に立ってるとして
目的は手段を正当化するのか?
障がい者を見世物にして、それで稼いだ金で障がい者に対する設備を整えて
それは正しいと言えるのか?

いや、そもそも先ほど言ったような間違った理念の下にお金を集めている以上
社会設備の充足という根本的な所には届かず
結局また来年も問題は未解決のまま同じことを繰り返す。

そんな24時間TVの意義とはもはや出演者や募金者が「良い事をした」と思いこんで
悦に入ってイイ気分になれることであって
そういう人間の心理を利用してテレビ局が金を儲けられることなのです。


「つなぐ」のは貴様ら(TV局)の生命線だけだろうが!
こんな番組で他に繋がるものがあってたまるか!

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